「デザイナーは技術に精通した芸術家である。剣持勇」という言葉をある本で読みました。
この一文は剣持勇が明確に記した文章ではないようで、彼のデザイン思想としてデザイナーを「技術に裏付けられた芸術的存在」として捉えていたことから派生した文のようです。
これはそのとおりと思いながら違和感があります。
合点がいくのは「技術に精通した」が表すデザイナーの工学的知見を指している部分であって、違和感は「芸術家」が表す職能を指している部分です。
デザイナーは決して芸術家ではないと思うからです。
どんなに平凡な写真を撮ったとしても、撮り手が美しく撮りたかったと思い撮り手が写真に満足すれば、それは芸術と言えるとする立場です。
つまり芸術家という職能を、モノゴトを作る際に美しくしたいという欲求を持つことだけが必要条件であれば成立します。
このデザインの欲求を指している部分が問題です。
対して芸術とはその表現の目的は新たな視点の提供であるとすれば、表現の巧緻は問題にしないとしても、美しくしたいという欲求だけが必要条件ではなく、他者をエンパワーメントすることを持つことが必要条件に含まれると考えるからです。
それは作者が意図したか否かに関わらず、さらに美しいか否かにも関わらずに、他者が主体的になんらかの影響を感じ、エンパワーメントされることが、芸術の必要条件と考えているからです。
一般的に言われるデザインには、この他者をエンパワーメントすることをデザインが持ちうる可能性として含有することは認めながら、必要条件としていないことから感じる違和感です。
これは作者が意図していなくとも、作り出すモノゴトに自動的に新たな視点の提供が必ず含まれてしまうことは、現在のデザインに求められる能力範囲を超えていると思うことからの違和感なのだと思います。
剣持勇が自身を芸術家としての自負からの発言だと思いますが、モノゴト作りに関わる多くのデザイナーの目指すべきベクトルであることは、まちがいありません。


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