黙殺という日本の文化

 日本に限らず、ネット上では匿名性があるため、反対意見をはっきりと発信する人が多いと思います。

 しかし会議で上司に対し面と向かって反対意見をハッキリと言う人はそう多くないでしょう。諌めるという言葉は英語では適切な言葉が見つからず、上司にもadviseであり、丁寧に言うにはgently advise(穏やかに忠告する)です。

 否定する根拠はないが、本流から外れたものは「黙殺して無かったことにする」という文化が日本には根付いていると思います。

 もともと日本には空気という絶対的な妖怪がいると「空気の研究/山本七平著」でも記しています。

 会議などで議論されているとき、態勢が決まりつつある中で、異なる反対意見を言えなくなるような雰囲気をここでは空気と称しています。

 第二次世界大戦での戦艦大和の特攻は失敗が大きな確率で予想されていても、極めて少ない確率を実際よりも過大評価して魅力を感じてしまうのが行動経済学でいうプロスペクト理論です。

 日本で集団での意思決定をする際に、責任を分散する傾向があり、絶対的な権力がある責任者でもその空気を重視してしまいます。

 たとえ違うと考えていても、全体の雰囲気には抗えないと感じると、その集団が間違った決定を行うという状況に進んでも、反対はしなかったことで賛成側に加担した誰もが自分が決定したという自覚がなく成立してしまうことが往々にある。

 これは昨今の忖度が起きる原因であり、この空気による決定の裏返しが、全体で否定的なモノゴトについては、自身で積極的に否定しないが肯定もしない「黙殺」という空気を生んでいると思います。

 この黙殺する空気が技術偏重で優れた事案であれば分かり易く賛成するが、技術的という数字で証明できない心理的な優越となると、自分から肯定も否定もできず評価不能に陥ってしまう原因だと思います。

 そのため文化的なモノゴトは、海外で評価されて日本に逆輸入されるという形でしか評価されないということが往々に起きるのだと思います。

 このような空気を大事にする集団心理は日本だけのモノではなく、仲間と群れた方が安心という本能をもっている人間には共通だと思います。ただそれが日本の場合は特に激しいのではないかと思います。

 価値を確定するためには従前のモノゴトから飛躍している新規性、そしてそれが同じく従前のモノゴトから進歩していることという進歩性、この二つがあれば機能的な特長が確定されるので価値は確定されます。これが先述した技術的にすぐれたモノゴトに帯する評価です。これは特許での評価規準と同じです。

 ここに心理的な価値を確定するには、情動や価値観が大きく揺さぶられる必要があります。

 それも長い時間をかけて高い評価を受け続けているらしいというナラティブによる物語性が掛け合わさると日本人も高い評価を与えることができます。この作用を日本語で「時間に洗われる」と言ったりします。

 このように時間軸を掛けて評価してきたことは日本では2回の分断があります。

 一回目の分断は日本国内でおこった倒幕&明治維新です。ここで自ら西洋化し強くなることで、西欧列強に支配されないよう急激な価値変更が行われました。これは闘って負けると分かり起きた変革ですから、非常に分かり易いく、変化も支配層だった武士や公家が中心で、庶民は江戸時代の生活の延長でした。

 2回目の分断は第二次世界大戦の敗戦です。このとき庶民まで民主主義を行き渡らせるという価値観の断行が行われ、それまでの江戸時代から脈々と引き継いできた価値観が非常な短期間で変更されます。

 この際の価値観の断絶についての事実の記述や当時を生きた人たちの混乱はいろいろと残されています。

 このような時代感の中で庶民は民主主義という自主独立を基本とする信条を持てと言われつつ、一方で武士階級から役人が引き継いできた民をどう治めるかという封建主義的な感覚が互いに混じり相互作用を生んでいまの日本を未だに席巻しているのがこの空気でしょう。

 ですからさまざまな意思決定の場で空気の影響を無くすのは、まだ時間が足りないっということだと思います。

 この感覚は集団の中での合意形成で決定的な軋轢を生まないのは一方で良いことでもありますが、選択される合意が間違っていても、誰が決めたか分からないという無責任状態を作り、新しいイノベーションを評価できず黙殺するという悪しき社会をつくっています。

 これからはこのような空気という状況に依存するのではない、少しでも確からしい判断規準を作り、意思決定するようにする必要があります。

 そのためにはどのような意思決定の際にも意見を言えるようになる必要があります。

 デザインのように機能的な数値で割りきれないモノゴトの評価はこのような忖度で決まることが非常に多く、売れれば空気に乗った責任者のおかげで、売れない場合はその事案そのものが黙殺されることが非常に多い。そのためフィードバックがかからないことが多くなってしまいます。

 このフィードバックが適切にかからないため同じような失敗を繰り返し、イノベーションにつながらないので黙殺するのではなく、自信を持って適正な評価をみんなで行うことで、少しずつでも文化を進化させていくことが大切です。

 この練習にSNSは少しは役に立てば良いですが、逆に仕事の場では周囲の空気に抗えず、その鬱憤を晴らすためにSNSで辛辣な発言をして溜飲を下げているのではないかと心配です。

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